ハロープロジェクト・キッズの進化

〜15人の少女たちのあゆみ〜

(このテキストは、2003年12月に記載したものです)

 

1.黎明期(キッズ結成前から結成まで)

2002年6月30日、TX系「ハロー!モーニング」特番にて、かねてより募集していたハロー

プロジェクトの小学生部門「ハロープロジェクト・キッズ」(以下「キッズ」)のオーディション

合格者15名が発表された。

当時1年生から5年生まで、約28000人の中から選抜された15人であるから、その倍率たる

や、約1850倍という、信じがたい狭すぎる門だった。

 

ハロープロジェクト(以下「ハロプロ」)の各アーティストたちのファン層は、旗揚げ当初は圧倒

的に男性が多く、女性、とくに年少者はごく少数派だったはずである。

 

これに劇的な変化が訪れたのが、1999年の秋だった。

モーニング娘。が「LOVEマシーン」で特大のヒットを飛ばすと、間髪い

れずにプッチモニが「ちょこっとLOVE」で一気にファン層を小学生

クラスまで拡大した。その後、これにとどめを刺したのはミニモニ。の一連の楽曲群であることは

言うまでもない。

 

この時期を回ると、ライブの客層も変わった。

特攻服に身を包んだ気合の入った軍団に、お手製のミニモニ。の衣装を着た

幼稚園ぐらいの女の子を連れたご両親が同席するという、世にも奇怪な状況になった。

その後、ハロプロ系の大半のライブには、親子席(後のファミリー席)が設置されることになった。

 

かような経過で、ハロプロのアーティストたちに憧れを持った女の子たちが相当数いるという情勢

になった。

 

これを受けて開催されたのが「ハロープロジェクト・キッズオーディション」であった。

東京を拠点とした活動で、小学生であるから、東京に通える地域の子を対象とするに過ぎなかった

のに前述の通りの大人数となったのであるから、彼女たちのハロプロへの興味関心度の高さ加減を

物語っている。

 

かくして選抜された15人の少女は、むろん義務教育最中の小学生であるから、学業を第一優先と

する以上、ハロプロ本体と同等の活動を行うのは難しい。したがって、活動はおのずと学校の長期

休業期間中や土日祝祭日に限られた。

 

このような情勢下、キッズのハロプロ内における知名度は低迷した。

7月下旬のハロプロ代々木公演のMCで、つんくPらに紹介されて初舞台を踏んでいるが、それ以

降は年末公開の映画撮影に没頭する日々を送っている。

 

しかし、秋口の番組改編期になって、小さな変化が訪れた。

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