エアシップ オン ザ スタジアム (6 明日はどっちだ!)
月曜日、お得意先の会社を回った後、レイカーズ2軍球場へひょっこり顔を出してしまった。昨日の今日、体はだるいけれど。
「帰って来ちゃったよ。」
オヤジにえへへと笑って声をかけた。
「んー? 来てねぇよ、筋はもうドームに入ってるぜ。」
「えっ?」
オヤジはフフンと鼻で笑って続けた。
「たった1回のミスでクビにしてたら1軍でプレーする選手はいなくなっちゃうよ。」
まぁ、確かにね。
「でもそれだけじゃ…。」
午前様もおとがめナシだったんだろか。
「でも?」
「ううん、そっか、ドームへ行ったんだ。」
咄嗟にあたしは言葉をにごした。
「…ぷっ。」
オヤジは突然下を向いて、小刻みにふるえながらクククと笑っている。
「な、何よぅ? 本当に2軍に落とされたと思ったんだもん。」
「違うだろう、なぁ。どうして筋が朝帰りした事を知ってんのかって話。」
「!」
オヤジはニヤニヤとあたしの方を向いた。
あたしは何も言えずに、きっと顔も真っ赤になっている、でもあたし何も言ってないはず、今から知らないって言えばいいかしら、でも「それだけじゃない」って言っちゃったかも、手、手は握ってないって言う?、でも昨日は握っちゃった。あうあう。
「大目玉喰らっていましたよ。彼は。」
「は…はぁ。」
「若いね君たちは。」
「一緒にいたけど、な、何もしてません。」
「ククク! まだ酔ってんのかい? 何もそこまでは聞かないよ!」
あーもう。手玉に取られてるぅ。
オヤジは「はい」と、あたしにチケットを手渡した。
「行っておいで。」
ドームのチケットだった。
「自分も行きたいけどまだ心の整理がつかないんだ。僕の愛した選手達を、僕の分までちゃんと応援して来てね。」
あなたがオーナーだったチームを、あたしは好きになったから。
「早退させて下さい。」
会社にも大きく出て、あたしはドームへと向かった。(勿論、仕事に支障はない筈です。そんな事したらオヤジにもあきれられちゃうしね。)
…オヤジ殿。
あなた、本当にオーナーだったのですね。痛感します。
ここはいわゆるバックネット裏という所ではありませんか?
と、言うより、ここのチケットはどこで売られているのでしょうか。
バルコニー席。聞いた事はあったけど、チケット売り場で「こちらです」と連れて行かれた所は「関係者入口」。すんごい豪華なドアの向こうに、まさかボックス一部屋あたしのもんですか。どこに座りましょう。
場所は1階と2階の間にある中2階。グラウンドを見下ろす。ふぁぁぁ。
臨場感溢れるその席で、あたしの観戦は始まった。
試合は先取点を取ったものの、逆転をされた後は一方的だった。
しかも何故かデッドボールが多い。もう3つも喰らっている。「男は戦っている」って言葉を思い出すけど、ちょっと当てられすぎじゃない?
向こうの攻撃の時だった。今度はレイカーズのピッチャーが、すっぽ抜け。あわや頭部に、と言う球を投げた時に、相手の打者は大声でレイカーズのピッチャーに詰め寄った。途端にベンチからわらわらと選手が出てきて試合は中断、乱闘。
上から下から、「報復だ」とか「やっちまえ」とか野次が飛んでいる。
嫌な試合だ。やめろよ、スポーツだろ?
それでもあたしはグラウンドを見ていた。そしてみつけた、ピッチャーの所に筋がいる。しきりに肩をたたいて慰めている様だ。ピッチャーは先発以降、もう5人目になっていた。選手ガイドで調べれば今年の新人。そんな、新人で相手に当てようとする人なんているんだろうか?
「レイカーズ、ピッチャーの交代をお知らせします。」
デッドボールでもない、ましてや危険球交代のないパリーグで、彼はつぶされた。いや、どちらかと言えばレイカーズ側が報復合戦を避けたのかも知れない。しかしレイカーズは負けている試合でクローザーを出さざるを得なくなってしまったのだ。そしてしばらくしてもう一度アナウンスがあった。
「レイカーズ、選手の交代をお知らせします。キャッチャー・サネダに代わりまして、筋。キャッチャー、筋。」
よくよく考えればこのクローザーは2軍で調整していた時に筋とバッテリーを組んでいた訳だし、セットで交代は考えられる事だった。
筋、「当てたくて投げてるんじゃない」と言うあんたの言葉をあたしは信じるしかない。どうか持ち直して。
少々の投球練習の後、先程の打者との勝負が再開された。
あと1球ストライクを取ればいい、そこまで追い込んだ。そして最後の球。
…よしっ!
一斉に盛り上がる。見逃しの三振、あたしの様な素人目にも「いいコースに決まった」という危機回避だった。
しかし8回に来て6点差。無理だわ、こりゃ。と思いきや、ツーアウトながら満塁に。そこで筋の打順に回った。ほかにキャッチャーがいないからこのまま代打が出せない。
あたしは神にも祈る。
バットの折れた音、詰まりながらも打球は面白い所に落ちる。センター前。何とか1点を返すタイムリー。
そしてそこから猛反撃が始まった。
8回終わって8対6、2点ビハインドまで攻め寄った。
しかし9回表、1点をホームランで運ばれる。この終盤の1点は大きい。3点ビハインド、このまま終わる事を誰もが覚悟した。
9回裏、なんと起死回生の3ラン。同点、延長だ!
10回は裏表無得点だが、気になるのは抑えのピッチャー。普通なら最後の1回だけを投げるのに、8回途中からもう4回目だ。
11回表、やはりとらえられた。10対9…、たったの1点だが、もう、駄目だ。
よくやったと思う。見ているあたしも集中力が無くなっていた。時刻ももう11時を回っている、終電…。
ありがとう、筋。レイカーズの皆。すごい試合だった。感動したよ。
11回裏、気付けばいつの頃からか応援にラッパの音がなくなっていて、手拍子の静かな応援、歌声がドームにこだましている。
歌声は、すぐに、歓喜の声に変わった。
ノーアウト1塁、次にフォアボールで1、2塁へとなる。しかし打順が悪い、そこから下位打線だった。だが何と、単打でノーアウト満塁。
大チャンス、そこで筋の打席。ここで代打を送って試合を決めたいが、万が一2点を取れなければキャッチャーがいない。
ノーアウトと言う事から、筋はそのままバッターボックスへ入った。普通はキャッチャーの打撃には期待しない。多分皆も三振でワンナウトに止めておいてくれと思っているだろう。
…ふふふ。でも、あたしは違う!
「筋! 目立つチャーンス!! サヨナラだーーーーッ!!」
今日こそ届け、あたしの声。
筋へ届いたのかはわからないけれど、筋は思いっきりバットを振って、その打球はショートを直撃、ライナーだったがショートのグラブをはじき、レフト前への強襲ヒットとなった。
同点だ! これでもう1回(パリーグの規定では12回まで)、チャンスが広がった。よし、よし、よし!!
尚もノーアウト満塁。当然代打が送られる。
試合を決めたヒットは、いわゆる「カキーン!」って感じじゃなくて、「ポコッ」と打った球はマウンド前で大きく弾み、捕球したものの既にどこにも投げられなかった。サヨナラ内野安打。
サヨナラの選手が1塁を踏むと、ベンチから飛び出してきた選手達にもみくちゃにされている。
上からその光景を、あたしはどんな顔で見ていたのか自分でもわからない。
スポーツなんかでこんなにも胸が苦しい。
あきらめない事、なんて臭いセリフを見せつけられている。
ヒーローインタビューまで堪能し、心を一杯にしたままドームを出ると、11時半、急がないと本当に終電を逃す。
…勝ったから、本当は電話ぐらいはしたい。だけどまだまだあたしは興奮していて、試合に出ていた筋はもっともっと興奮しているだろう。
あたしは震える手でメールを打った。
「お疲れ! メール速報見たよ。おめでとう。こんな時間まで付き合ってたから眠いよ。筋も早く寝て、また明日も頑張って。おやすみ。」
何だか恥ずかしくて「ドームに来てた」なんて書けず、あくまでもあたしは遠くで祈ってた、と言う事にしてみた。
そして地下鉄に降りて行く。おやすみなさい、…まだまだ眠れそうにもないけれど。
20030608 ナガレバヤシ 真心ブラザーズ , 明日はどっちだ! , 真心
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