エアシップ オン ザ スタジアム (2 ポップコーン)



 次の日会社に出ると、怒った様な、あきれた様な、そんな顔をして私にお茶を入れさせる男がいた。
「お前、昨日はどこ行ってたんだよ。」

 私と何度か寝た事のある男。
 だけどもそれだけ。愚痴の一つもこぼした覚えはないし、ましてや告白なんかしてもらった覚えもない。
 つまりは「どうして男って一回でも寝ると『俺の女』って思うんだろう」の典型君です。セフレってヤツです。

 だけども彼はマジお怒りの御様子で、ボソボソ叱咤を続けるのです。
「お前、野球なんか興味無いくせに、プロの選手ってだけでノコノコついて行きやがって!」

 …ん? 何? ワンモア。

「プロ?」
「そうだろうがよ、あそこの野球場の選手なんだろ?」
「どっ…どこの球団よ?」
「レイカーズの2軍球場だ、あそこは。」

 その名前、聞いた事があるぞ。営業に回ったら野球の話が手っ取り早いと上司に教えてもらったから。
 でもセリーグの6球団を覚えた所で力尽き(お脳のね)、パリーグまではノーチェック。球団名は聞いた事があるってだけで。
 そうかぁー。だから女の子があんなにいたのね。

「今何位なの?」
「知るか! 2軍なんか!」
「1軍は?」
「知るか! パリーグの最低人気球団なんか!」
「最低人気球団なんだぁ。」
「一応プロってだけだろ、あいつら。」
 プロなんだぁ、筋。へぇぇぇぇ。
「凄いじゃん。」
「凄くねぇだろ。」
「あはは(お前より何千万倍も何千億倍も凄ぇだろうがよ!!!!!)。」

 うるさい莫迦男を上手くはぐらかして外回りに出る。
 そうかぁ、プロでやってんだぁ! 凄いなぁ! 寝ちゃったなぁ!
 確か雲童もプロでやってたな。あいつは性格から言ってセリーグか。

 球場をのぞく、が、お休みで誰もいませんでした。女の子もいないもんね。
 まっ、いっか。そのうちまた顔を見る事もあるでしょう。
 沢山の元気をもらった。まさかこんな気分で外回りに行けるなんてね。



 営業が苦手なのは変わらない。
 でも今日の私は前を向いて挨拶です。
「お邪魔いたします! ○○商事の大場です。顔出しに参りました!」
 玄関先のフロア全員が私を見る。その後の対応は暖かくもないのだけど。いすを用意されるでもなく、周りの人のゴキゲンを伺う。
 ちょっとだけ相手にして下さる課長さんの、机の上に1冊の小さな冊子がある。保険会社が配るプロ野球選手のガイドだ。
「あの、これ、見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
 返事を聞くよりも前に冊子を開いてしまった。
「大場さん、プロ野球好きだっけ?(開いている冊子を覗いて)しかもパリーグ? あぁ、会社の近くに2軍の球場あるもんね。カッコイイ人でもいるの?」
「いえ…、高校が一緒だった人がいたんですよ。私、知らなくて…。」
「ええ! 凄いじゃない! 誰?」
 急いで探す。あ、あった! うっわ、本当に写真載ってるよ。
「この人です!」
「…。ごめん。知らないや。」
「ですよね〜!」
 あははと大きな声で笑ってしまった。だってあたしだってびっくりだもん!
「あ、この人も同じ高校だったんですよ。」
 こっちは雲童。
「ええっ? セリーグのエースじゃない。嘘だぁ〜。」
「本当ですよ〜。課長さんは野球好きなんですか? あの、2軍の試合って、どこでやっているんでしょうか?」
 いつの間にか周りに人だかりが出来ていて、目の前の女の人が
「イースタンでしょ? 近い所でやってるんじゃないの?」
 いかにも関西のチームのファンと言うボールペンをカチカチと鳴らす。斜め前の男の人はパソコンでHPを探してくれていた。
「ファームでしょ? 明日あるみたいだよ。埼玉だねぇ。」
「大場さん、わかる? 3塁側に座るんだからね。」
 沢山の事を教えてもらう。確かにプロ野球の話は強いんだなぁ。
 わいわいと話をしていると、奥の方から少し偉そうな方がやって来て、私は声をかけられた。
「大場さん、あなたの所の会社、こんな商品って扱ってたっけ?」

 思ってもいない受注をいただいて、私はお昼過ぎに帰社した。(しかもプロ野球選手ガイドまでもらった。)見積もりやら何やら、あっという間に終業だ。
 莫迦男はまだ外回りから戻らない。この隙に帰ってしまおうかね。携帯も切っちゃお。
 明日は土曜日。埼玉くんだりまで見に行ってやるぜ。気分は上々。

↓右寄りの文章は飛ばして頂いても可!

 そして当日、でっかいドームの裏側で、さんざん迷ってやっとこさ辿り着いたその「第二」球場は、土曜日(休日)なのにあたしの目にはガラガラで、観客席にも座りたい放題。とりあえず3塁側のホームベースに近い所、だけども筋に見つかっても恥ずかしいから後ろの方に座った。
 午後1時、プレイボール。
 選手ガイドとにらめっこしつつ観戦をする。プロ野球ニュースで見る、あの選手の名前の書いてあるボードが見あたらない。背番号だけが頼りだ。
 実は今どっちのチームがバッターボックスに立っているのかもわかっていなかった。攻撃は3人で終わり、チェンジ。そこで初めて把握したのだ。
 堂々とピッチャーが入場し、投球練習を始める。
 そしてそのボールを受けているのは確かに、筋だ。

 間近で見ると、またカッコイイね、こりゃ!

 見とれてプレイボール。しかし地味だ。ただ球を捕っているだけだ。
 やはり3人が塁に出る事もなく、筋は戻って行った。

 つまんないなぁ、と思ってた時に、後ろでオヤジが
「今日のハヤヒト(選手ガイドによると今日のピッチャーだ)はいいねぇ。筋のリードも冴えてるしな。」
 と言ったのだ。

 リード「も」冴えてる

 このオヤジとは仲良くなれんな、きっと。

 試合は2回になったのだが依然と動く気配もなく、3回の3人目だった。
 バッターボックスに立っているのは…筋だ!
 あっ、前の方に、おとといの女の子達がはりついている。モテモテだぁね。
 筋! 頑張れ! ホームランだ!

 しかし3回空振りをして、あっけなくチェンジ。
 ん〜。なんかこういうのって見たくないもんだねぇ。

「くそ〜、ホソウミ(選手ガイドによると今日の相手のピッチャーだ)も良い出来だなぁ…。どうにかなんねぇかなぁ〜。」
 後ろのオヤジは大きくため息をついた。

 回を重ねて行ったが、依然試合は動かない。
 …あっちぃなぁー…。
 プロ野球って、普通、ビールとか売りに来んじゃないの? こんな草野球だとは思わなかったよ。
 6回。また筋の打席が回って来るはずだ。
 しかし次が筋だという所で、なんとまぁ、初めてボールがバットに当たり、相手ピッチャーの上を飛び越えて行った。
 湧き起こる歓声の中、打者は2塁へ。
 筋が打席に立つ。チャ〜ンス! 魅せろ筋! 腕組の集中力、見せたれ!!

 そしておとといのあの時の様に、バットは音をたてたのです。

「っしゃぁぁぁっ!!!」
 後ろのオヤジは「走れ走れ走れーっ!」、あたしも立ち上がって、あぁ、あたしもあの時の様に口が開いている!!
 どっと歓声があがる、筋は2塁へ、1点先取だ!!!
「よっしゃぁぁぁぁぁぁーっ!!!」
 オヤジとハモる。すごい、筋、かっこいいーーーーーーーーっッ!!!

 その回は結局チェンジになってしまったけれど、あたしはこの興奮を抑えきれなかった。2塁から帰ってくる筋に、大拍手が起こる。
 ん? 後ろのオヤジが何も言わん。
 おかしいな、と後ろを振り返るとプシッと缶ビールをいっている。
「まぁ、姉ちゃん、一杯やんなよ。」


 オヤジはあたしの横へ移動して来て、クーラーボックスの中からビールを差し出した。
「ど、どうも…。」
 あたしは素直に頂く事にした。だって喉がカラカラで。
「なぁ、姉ちゃん知ってっか? あのセリーグの雲童って投手と、学生時代バッテリー組んでたのは筋なんだぜ。」
 あたしは少し得意気に言葉を返す。
「知ってるよ。あいつらは9組で、あたしらは7組だった。」
 オヤジは目を丸くして、へぇ本当かい、と感心した。
「でもプロに行ったなんて知らなかったんだ。確か…雲童以外の連中は、頭も悪くなかったしね、進学したんじゃなかったかなぁ。」
「一応高校は彼ら以外には甲子園に行ける訳じゃないし、さっぱりだったからね。雲童もドラフト外だし、筋は大学出だったからドラフトで取ったんだ。」
「よく知ってんね。」
「まあね。」
 オヤジはかなりコアなファンなんだなぁと思った。出身校まで知ってるとは。




 しかしその裏、あっと言う間に逆転された。
 何でも、相手のチームの1軍はパリーグで単独トップの猛者なのだそうだ。2軍たれど簡単だ、逆転なんて。
「こらあぁぁぁぁ〜っ。もっかい逆転だぁぁぁ〜。」
 チェンジになって2点を追う。オヤジは声を上げるがどうだろう。
 7回8回、情けなくも3人で帰って来る選手達。
 8回裏、向こうの攻撃に移る。こっちにはあと9回表の1回の攻撃しかない。

 しかしその8回裏、なんとまたピンチにおちいってしまったのだ。大ピンチ。野球を知らないあたしでもこの単語は知っている。「ツーダン・フルベース」ってヤツだ。漢字で書けば二死満塁。
 満塁なんだ。おいおい。ホームランで4点じゃん。
「筋ィィッ! てめ、逃げんじゃねぇッ! 考えろ、考えてけぇっ!」
 オヤジはピッチャーを責めることなく筋ばかりに罵声をあびせる。

 ポコッ…

 女のあたしはよくわからない。あたしにわかるのは、打者の球は3塁の前へ転がったって事だけ。

 3塁に出ていた相手の選手が死に物狂いでダッシュ、ホームベースを狙う。
 だけども前進してボールを取った人だって死に物狂いで筋に返す!
 走者、足から滑り込む、砂煙、クロスプレーだ!
 走者の足蹴りと捕球した筋がモロにぶつかる。
 嫌だ、怖ぇ、痛ぇぇぇ!!!
 あたしは目を覆ってしまった。ケンカなら野次も入れよう、だけどこれはスポーツだ。スポーツなのに、こんなのありなのかっ!?



 砂煙が消えた頃、筋はボールを持った右腕を高々と文句あるかと掲げていた。

「アウト!」
 審判の声が響き、即座に守備にいたレイカーズの選手達が走って帰って来る。3塁側の大歓声の中、チェンジだ。

 なぁ、今の表情、見たか。
 昔、あたし達がケンカばかりしていた頃、あんな瞳をしていたよ。
「負けねぇ、負ける事は許されねぇ。来れるモンなら来てみろよ。」
 やんちゃな頃だ。だけど、ガキはガキなりに真剣だった。
 時は過ぎ、その頃の瞳は思い出の中にしまわれた。

 このプロ野球と言うフィールドで、今もあの瞳を持っている男。
「1点たりとも譲れない。ホームベースは踏ませない。」
 あんたの表情から、そんな真剣なメッセージがあたしの心に届いたんだ。



 感動、なんて似合わない言葉であたしが一杯になっている時に、9回表の攻撃、筋がバッターボックスに入る。
 ピッチャー、第一球。

 …あっ!!

 ピッチャーの手から離れたボールは、スゥッと筋の頭へとカーブしたのだ。
 後ろへ転がり倒れる筋、キャッチャーは後ろにボールをこぼし、どよめく球場、しかしデッドボールのコールはなかった。
「ちょっと待てコラァ! 当たってんだろうが!!」
 周りの兄ちゃん達は審判に怒っているのか、相手投手に怒っているのか、もの凄いブーイングだ。
 筋は暫くしてムクッと起き上がると、駆け寄る人達に平気平気と手を振って、2,3回素振りをするとまた打席に戻った。隣のオヤジはフフフと笑う。
「まったく、タフなんだよ、あいつぁ。」
「でも、今のは危険球でしょう? このまま試合続行なんですか。」
「パリーグには危険球退場ってのはないんだぜ、姉ちゃん。」
 そうなの? びっくりしている間にももう2ストライク、筋はボールをカットしてファウルで粘り出す。
「男はいつでも戦ってんのさ。さて、どっちに軍配が上がるかね。」
 そういうもん? でも、危ないじゃないか、頭にボールなんか当たったら。
 相手投手へのちょっとした怒りと、筋がかわいそう、なんて心に秘めつつ、筋はファウル、ファウルで粘る。もう何球目だか、ピッチャー、投げる。
 そこでピタッと筋のバットが止まった。
「おお、よく見たねぇ。フォアボール。どうだい、筋、勝ったじゃねぇか。」
「勝った?」
「デッドボールまがいの球投げて、クソ球で塁に出しちまった相手の投手はどうだろうな。ヒット打って仕切り直しなんかじゃなくて、いやらしく塁に出る。そんな芸当出来んのは、ファームじゃ筋くらいのもんだ。」
 よくわかんないが、褒められてんだろか。
 でもオヤジの言う事は当たっていた。相手のピッチャーは崩れだしたのだ。
 打順は1番に戻ってきれいなヒット。無死1,3塁。
 相手のチームがマウンドでごにょごにょと話をして、試合再開。
「交代させず、か。どうかな?」

 息を飲む暇もなく、次の打者はぽぉん、と白いボールを場外へ。

 周り中、笑いが収まらない。
 いやっほぅ、逆転スリーラン!(と、言うらしい!)

 ようやく相手はピッチャーを替えて、4対3のままチェンジ。
 そしてレイカーズもピッチャーを替えた模様(背番号の違う人が出てきた)。オヤジ曰く、2軍で調整中のクローザー(ストッパーとは和製英語で、使わないのが通らしい)なんだって。

 ぱっぱと放って、試合終了!



 周りは一斉に立ち上がって拍手をする。前の女の子達はきゃぁきゃぁだ。
 あたしもこの感動に包まれていたかったんだけど、
「姉ちゃん、こっち、こっち。」
 オヤジが強引にあたしを連れて歩いていくから、渋々ついて行く。
 なんじゃろ。まだ飲むつもりなんだろか。

 オヤジは球場の後ろに回り、ずんずん歩いて行く。
 あれ? ここって、選手の出入りする所じゃないの?
 あ…、あのぅ…、そこって…関係者以外立ち入り禁止って…書い…。
「ちょっと、お、おじさん!」
「いいのいいの。」
 よくねぇだろう!
 案の定、戦い終わった選手の皆さんが引き上げて来た。
「あ、コンニチハっす。」
 何? 何で挨拶されてんのオヤジ。もしかして顔パスのファン???
 恥ずかしいな、オイ! 飲んだくれファンか何かか?
 そして、そりゃやっぱり、筋がこっちへ引き上げて来る。
 いやぁぁぁーっ! カッコ悪いぃぃ!!!
「あっ? オーナー?」

「(オ、オーナー!?)」
 あたしの開いた口を塞ぐことなく、オヤジは
「おう、筋、女の子連れて来たから食事でも行くぞ。」
「女の子って…(苦笑←失礼な)。はいはい、じゃ、すぐ来ますから。」
 筋はロッカールームへと入って行った。

 あたしは上目遣いでそのオーナーとやらを凝視していた。
「はっはっはっはっ。参ったか!」
「参ったよっ!! もー、何〜?」
「オーナーじゃないよ。元、オーナー、なんだ。」
 オヤジは少し寂しそうな目をした。

 …思い出した。この球団の親会社、去年、不祥事を起こしている。
 偉い人達が解雇されたんだっけ? あの謝っているシーン、この人だったのかなぁ。

「筋はね、僕が潰してしまったんだ。去年はまだ新人賞の権利を持っていたのに、1軍に上げてやれなかった。会社がね、それどころじゃなくて…。気がつけば終盤の消化試合に出場して資格ももうない。」
 この人は野球が、このチームが、このチームの選手が好きなんだ。
「オヤジ…。」
 野球を知らないあたしなんかがどんな慰めの言葉をかけようと上っ面だ。

「この間偶然会ったって同級生、きっと君の事でしょう。」
「え。」
「いや、昨日の練習で嬉しそうにしてるから、どうしたのって聞いたら同級生に偶然会ったって言ってたからさ。」
 ギクッ。ど、どこまで喋った?
「何だか嬉しくなっちゃったんだって。昔一緒に頑張ってた人が今も仕事で頑張ってる所を見て、勇気付けられたんだとよ。」
「あたし同級生じゃないよ。」
「それはさっき聞いたよ。7組だっけ(笑)。」
「でもわかる…かな、あたしも筋がこう言うこと続けてるって知って、安心した。」
 思わずあたしは本音を漏らしてしまった。
 オヤジはうんうんと微かに頷く。

「筋は真面目過ぎる。ファンの子達とも適当に付き合ってみりゃいいのに、ああ、いや、勿論しちゃいけない事なんだけど、出来ないんだよな、あいつは。」
 …流石にもう寝ましたとは言えん…。
「これからもさ、暇な時があったら食事とか付き合ってあげてくれないかな。」
「は、そりゃ構わんですけども。」
「じゃ、僕は監督に挨拶に行くから、また今度。」
「は?」
「ああ、どんな球場でもあそこら辺に座ってるから、見かけたら声かけて。」
「えっ?」
 そ、そんなー! ここで1人にするかぁ!?
 オヤジはあたしを1人残して監督室に入って行った。

 立ち去りたい気分は山々だが、筋との約束もある。暫くすると、選手達がちらほらと出て来だした。は、恥ずかしいよぅ…。
 すると1人の選手が2つのかばんを持って出てきて「今シャワー浴びてるからね」とすれ違う。あ、こないだ一緒に飲んだ人だ。

 ってゆーか、今の顔。この人ぁ全部知ってるんだろうなぁ、きっと。

 追いかける様に、筋が出て来た。何だか恥ずかしくて顔が見れない。
「あれ、オーナーは。」
「僕はここでって。」
「…あの人はぁ…。」
 あきれた様に溜息をつく。ふいにこっちを向くから目が合ってしまった。あう。
「行こうか。」
「あ、うん。」


 球場の外に出て、公園を歩く。夕方の涼しい風が吹いて、いい所だなぁ。
「大場さん、おなか空いてる?」
「んー、まぁ。」
 適当に返事をしてしまった。
「もう少しゆっくりしてからでいいかなぁ。今、興奮してるんだ。」
 こ、興奮!? こんな所で!? いやぁぁぁぁん!
「試合の後は、その、やっぱりね。少し落ち着かせないと何も受け付けなくて。」
 あ、ああ。
「大丈夫。あたしもまだ酔ってるみたいだわ。」
「…酔ってんの?」
「ちょっとね。」
 やれやれと笑って散歩を続けた。

「あ、試合のあれ、デッドボール…じゃなかったけど、大丈夫?」
「あぁ、あれ? 本当はメットに当たってるんだよねぇ。」
「え? それって…」
「うん、デッドボールになるんだねぇ。」
「ええっ? な、なんで、何で言わないの? 危険球じゃん!」
「うん…。痛くないし。審判のコールもないし。崩せるな、って思ってさ。」
「相手のピッチャーを?」
「ん。調子よかったでしょう。彼はねぇ、ヒットでガツンと叩いたり、デッドボールで試合を止めたりするよりは、ねちねちされるのが嫌いなタイプなんだよね。チャンスだと思った。」
「でも、でも…。危なかったじゃん。頭に当たったらどうするの?」
「それは向こうも当てたくて投げる訳じゃないからね。こっちも避けるし。」
「そういうもん?」
「そういうもん。男は戦ってんの。」
 オヤジと同じ事を言う。やれやれだわよ。

 途中の自販機で飲み物を買ってもらい、噴水のある広場に出た。西日の当たるコンクリの階段に座って缶のふたを開ける。
「あ、お金払うね。」
「いいよ。君よりは多分、もらっているからね。」
「あぁ、そうね。…ね、幾ら位もらってんの?」
「秘密。」
 そう言って筋は階段に寝っ転がる。
「いいもんねー。あたし持ってるもん。」
 あたしはかばんの中から選手ガイドを取り出した。筋はちらりと見たが、やれやれとまた目をつぶる。
「いち、じゅう…?、これ、単位…何…?」
「ペソ。」
「あほう。んっと…単位一万円だから…。」
「1千万円もらっています。」
筋はサラリと言ってのけた。
「おお〜っ。…で、それは高いの? 低いの?」
「高くないでしょう。まだ2軍なんだから。」
 そう答える筋は相変わらずコンクリ階段にに寝転がり、目を閉じたまま微動だにしない。
「てゆーか、背中、痛くない? よければどうぞ。」
 あたしは自分の腿をパタパタとたたいた。
 筋はゆっくり起き上がると、飲みかけの缶を階段の一つ上へと退けて体を翻し、あたしの腿の上に頭をのせた。
「塊は1億。」
「えええ? 何で何で? 同い年なのに。」
「塊は4年先輩です。」
「あぁ、そっか。」
「1軍のローテ担ってて毎年2桁勝てればその位当たり前なの。」
「ふぅん。」
 何かよく分からない単語が出て来たからあたしは聞き流して選手ガイドをパラパラとめくった。
「あ、この人さっき話し掛けてくれたよ。(年棒を見て)ほほう。あ、この人今日のピッチャーの人だね。去年のルーキーなんだ。ルーキーって知ってるよ、新人の事でしょ? えっと、最後に出て来た人は…」
 あたしはまだ酔いが残っているのか饒舌だ。

「大場さん。」
「んー?」
 不意に筋の左手が目の前に伸びてきたかと思うと、その大きな手のひらはあたしの頭を押さえ、腿の上の筋の顔に近づける。そして筋はうるさいあたしの口を塞いだ。

(ねぇ筋、あんた本当に慣れてないんだろうね。女の子が、今、この態勢がどんなに辛いかわからないでしょう? まぁいいよ、今日のところは我慢してやるよ。カッコイイところを見せてくれたしね。)



20030511〜20030521 ナガレバヤシ   キリンジ , ポップコーン , Fine


後書きを読んでくれたり
メールでもくれてやろうかと思っている人
そんな人が大好きだ!