Dancing Love Site
2000年5月21日 午後7時 日本武道館
11.ちょこっとLOVE(プッチモニ)
市井紗耶香・保田圭・後藤真希の3人で構成されるプッチモニとして、事実上最初で最後のシングルとなってしまった
曲。昨年11月に発売されると同時に、幅広い年齢層からの厚い支持を受け、ミリオンセールスを記録した。新メンバー
後藤真希の本領が発揮されるグループとしても重要な役割を果たした。また、雑誌「オリコン」によると、プッチモニは
3人組ガールズユニットとしての理想形を極めたものだとされていた。バランス感覚が非常に良かったのであろう。この
ユニットも22日から2人組になる。今後の動向に期待。
なお、この曲の盛り上がりはすごかった。さやりんファンはもとより、一般客も巻き込んで大盛り上がりを見せた。
「LOVEマシーン」か「ちょこっとLOVE」か、といったところである。
12.原宿6:00集合
冒頭のコントは、2ヶ月前と不変(笑)。何となく、実際にやってそうなドジをやらかすなっち、そのなっちを取り巻く
善と悪のせめぎ合い…しかし、デビルのキャラ(矢口・飯田)はすごい。
なお、このコントでは、待ち合わせの少女をなっちが演じていた。
13.未来の扉
ファーストアルバムからのチョイス。久々に聞いた感じがして、非常に懐かしい。さやりんの卒業と掛けての選曲だろうか。
割と最近ファンになった人は、この曲のこと知らないのかなぁ、と思いつつ聴く。
14.抱いて HOLD ON ME!
第1期モーニング娘。の集大成的なナンバー。
と同時に、彼女達が初めてトップの栄冠を手にした、記念すべき曲である。今ではやや昔の曲となり、果ては良く知らない、
というようなニューカマーも多い。
なお、この曲の1位に際し「オリコン1位が全てじゃない」とクールに言い放ったのは、当時最年少の福田明日香。この台詞
も、もはや伝説である。
15.LOVEマシーン
誰が何と言おうと、この曲を99年下半期の日本を代表する曲だと断言する。後藤真希が加入して初めてのシングルとなった。
初のダンス☆マンによるアレンジ作品は、歌詞もダンスも飛び系で、大いなる話題を巻き起こした。
セールスも3週連続第1位、累積170万枚を超えるメガヒットとなった。なお、人気のバロメーターとも言えるカラオケの
ランキングも、過去最高の17週連続リクエスト第1位という偉業を達成(なお、18週目を阻止したのは「ちょこっとLOVE」
だった)。
いまだ不況抜けきらぬ国に「ニッポンの未来は/世界がうらやむ」という歌詞は強烈過ぎたが、勇気をくれた歌詞でもあった。
忘年会でも大活躍のナンバーとして、今も不滅のスタンダードになっている。
このコンサート中、やはりというか、最大の盛り上がりを見せた。サビ部分からは客席照明が全明になり、会場内の様子が窺えた。
すさまじいコンサートになっていた。
16(EC.1).モーニングコーヒー
MCの後、モーニング娘。の記念すべきメジャーデビューシングルが披露された。今から2年4ヶ月前のナンバーであり、懐かし
さすら感じさせる。当時のメンバーは5人だったが、この日限り11人バージョンとなり、大いに違和感を覚えた。初代メンバーは、
現在まで3人が残っている。あの当時の歌と今の歌とではまるで違うが、成長の証と見て取るのが適当かと思われた。
なお、定番の合いの手はここでも全開。歌が聞こえないっつーの(笑)。
17(EC.2).サマーナイトタウン
この曲ももはや初期のナンバーである。最近ファンになった人の中では、知らない曲になってしまったのかもしれない。当時オリ
コンの最高位4位。デビューシングルが爽やか系のイメージだったのに対して、今作ではいきなりセクシー系になった。
プロデューサーのつんくによる作戦はとどまるところを知らない。この曲は、その序章にしか過ぎないことを、我々はその時には
知る由もなかった。
18(EC.3).ダディドゥデドダディ
コンサートはいよいよ最終曲。「1回きりの青春 だからいいじゃん」というリフが印象的なナンバーだが、この時ばかりは、
紗耶香の卒業という事実がいっそうリアルに迫ってくる。延々とリフレインが続いた。
客席後方から、巨大な風船が舞ってきた。破裂すると、その中から小さな風船が無数飛び出てくる…
リフレインの中、全員のアームスイングとともに、曲は最後のコードを響かせた。
MCでは、メンバー10人が紗耶香に最後のメッセージを贈った。
今回の裕ちゃんのMCもそうだったかもしれないが、感動の嵐である。
ごっちんに至っては、教育係の紗耶香が卒業するわけで、途中で泣き崩れてしまった。心境いかばかりかと思われる。
当時の新メンバー4人も、数人が目に涙を浮かべて、紗耶香の卒業を見送った。
コンサートは感動の中で幕を下ろした。武道館前は開演前の雨も止み、しっとりとした空気が心地よかった。
翌日のスポーツ紙は「16歳の卒業」と銘打って盛大に報道していた。それだけでなく、朝のワイドショーでも取り上げられ、
その存在の大きさを改めて感じた。
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