気まぐれムーンライト (1)
いつもより派手に寝坊して、一人で登校する羽目になってしまった。
一応高への道は、2時限目も過ぎたこの時間では人を見かける事もない。
何の事はない、いつもの道だ。
「確か左真紀とかって言ったよね?」
ふいに後ろから声をかけられたと思うと、周りからパラパラと見覚えのあるような制服に囲まれた。
「あんた自身に恨みはないんだけどさぁ、なんつーか、御女組だし。」
どう見てもこいつら中坊だ。あぁこの制服、ずっとずっと昔、やんちゃな事をしたかもしれない。どこの制服だったかなぁ。
「何の用だよ。」
10人か、それ以上。しかも半分は男かよ。
「悪く思わないでよ。今、一応中の奴らに負ける訳にいかないんだって。」
「何言ってんのかわかんないね。どけって。」
構わずあたしが歩き出したその時、目の前の男が持っていたビニ傘を頭の上から振り下ろした。
ガシッ!
すんでの所で避けたが、こいつら、本気か?
「悪ぃね、ちょっと付き合ってもらいます、先輩。」
「…。」
やばいかも…、10人相手じゃ流石に…。
その時、聞き慣れた声が場を蹴散らした。
「おいおい、そりゃぁちょっと多勢に無勢過ぎるんじゃねぇの。」
「似蛭田…。」
辺りの空気が途端に変わる。
「いくら御女組っつったって丸腰の女1人に2桁、しかも男が入ってウェポンありか。必死だな、中坊。」
「…あんた…付き合ってんのは天野じゃねぇのか…?」
「女の1人や2人、守れねぇ俺様じゃねぇよ。」
まったく何言ってんのか、だけどそのドスに周りはビビりっ放しだ。
「で、どうすんの。俺とやんの。」
似蛭田がニヤリと笑う。
「チッ!」
中坊どもはかけ足で去って行った。
似蛭田はあたしを見て眉間にしわを寄せた(様に見えた)。
「お前、何1人でフラフラ歩いてんだよ。」
「何だよ…あたしの獲物だったのにさ。」
「莫迦言ってんじゃねぇよ。ったく。」
そしてあたし達は学校へ向かって歩く。
少し悔しかった。御女組のあたしではなく番組のこいつに奴等がビビった事、そして実質的に助けられてしまった事。
「あんたに助けられたなんて思ってないからね。」
「お前なぁ、助けてもらって何だその言い草は。教育なってねぇなぁ。」
「邪子の悪口言うな!」
「あぁ? お前の教育係は邪子なのかよ。」
「あんたんとこと違ってあたし達は邪子の事が大好きなのよっ!」
「左様で。んじゃぁその大好きな邪子にケンカん時の逃げ方も教えてもらえ。」
「何だとぉぉ? あんたねぇ!」
「あんたあんた失礼だな! 俺はお前よりも年上なんだから似蛭田先輩ぐらいの気持ちで敬えってんだよ。」
あたし達はぎゃぁぎゃぁと一応高の門をくぐった。丁度休み時間に入っていて静まり返ってはいないかわりに、何だか周りの興味の視線が集まる。
「また珍しいツーショットじゃないのよ。」
出須子が廊下で迎えた。
「お前達の大好きなリーダーに、こいつに口の利き方を教えてやれと伝えておけ!」
「なんだとぅ!」
「どうしたの。やれやれ。」
出須子はふふっと笑った。
「おい、左。今日あった事をちゃんと他のメンバーに伝えておけよ。お前の大好きなリーダーにも、だ!」
くるっと背中を向けると似蛭田は4組へと歩き出した。
「畜生、似蛭田、莫迦にすんなぁぁぁ!」
「先輩だろうが!」
次の日、似蛭田妖は珍しく1時間目から来ていたが、早々に飽きて休み時間に帰ろうとしていた。
廊下を歩いていて3年7組の前に差しかかると昨日のうるさい女がいない事に気がつく。御女組の4人はやはりつまらなそうにウダウダと似蛭田に気づく。
「おい、左は。」
(邪子)「来てないわよ。」
「連絡は?」
(出須子)「ん〜、メールとかも来てない様だけど?」
「大場! 昨日の事、何も聞いてねぇのか?」
(加代)「えっ?」
そう言うと似蛭田は突然走り出した。
突然の似蛭田の行動に何も察知しない4人ではない。すぐに似蛭田を追って学校から飛び出した。
「だからあんた達の言ってる事、訳わかんないよ。ちゃんと説明してからあたしにかかって来なっての。」
「…ただの名声だよ。あんた一応、御女組じゃん。」
「そうじゃなくて、一応中がどうのって話よ。」
「関係ないッスよ、先輩には。」
昨日よりも人数が増えている。でもここまで来て何も聞き出せないなんて、御女組の風上どころか風下にもおけないよ。
「1人で来るなんて、…すいまセンね!」
1人が殴りかかって来た。とりあえず避けてみぞおちに一蹴り入れた。
「そうこなくっちゃ!」
一斉に襲いかかるガキどもを必死にかわしてはいるものの、攻撃どころかこれじゃぁキリがありゃしない!
「くっ…。」
そしてまたお得意の傘攻撃か? 雨でもないのに何故常備してやがる。
目の前の大男が大きくビニ傘を振り上げた所で、あたしの視界は一時停止した。いわゆる「しまった!」と言う状態で。
ん?
振り下ろす気配が全く無い。
おずおずと目を開ける。
…田打だ。
(中須藤)「何してんだ、ガキども。色気のねぇこいつでも姦してくれんのか?」
(米利)「こいつをレイプしようとは…年増好きなの?」
(城亥)「おじさん達も混ぜてくれよ。出来ればそっちのかわいこちゃんで。」
男の振り上げた傘を、更に大きい身長で田打は後ろからつかみ、奪った。
(田打)「どんなプレイだよ、傘使ってレイプって。」
そして4人でゲラゲラ笑い始めた。
「くっそ! 昨日といい、…」
「かまわねぇよ、その為に数そろえたんじゃねぇか、やっちまえ!」
「莫迦、今日は4人もいるんだぞ! 似蛭田じゃねぇっつったって…」
あぁ、やっぱり悔しい。結局御女組のあたしよりも番組かよ!
あたしは隙を盗んで攻撃に出ようとした。
それを後ろから止めたのは、息を切らした似蛭田だった。
(中須藤)「揃ったぜ?」
蜘蛛の子を散らすのに、もう数秒もかからなかった。
「こんのぉ…左ィ! この、莫迦女!」
「莫迦ってなんだよ! あたしだってふざけてんじゃないんだよ!」
遠くから邪子達が走って来るのが見える。
似蛭田は息を整えて、静かに言った。
「あのなぁ、左…。お前、今みたいな数じゃないにしろ、何人かを敵にした時にゃぁまず何を見るよ? どこからやろうと思う?」
「そりゃ、一番弱そうな所から潰していくさ。」
「わかってんじゃねぇか。」
似蛭田はあたしの背中をトンと叩いた。そして背中を向けて駅へ歩いて行く。
番組の奴等が声をかけている。
暫くして邪子達が追いついた。
そしてあたしに声をかけてくれている。
何も聞こえない。
ショックで、何も言い返せなかった。
20030407 流林流林
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