エアシップ オン ザ スタジアム (4 FLY)
しかしその事は「通例」になった様だ。
すなわち、レイカーズ(2軍)が試合に勝った日はあたしは筋に会いに行く。負けた日は会わない。
誤解を招かない為にも言っておけば、あれからあたしは筋と寝ていない。
それどころかオヤジだって一緒の事の方が多いんだ。
オヤジがいれば食事だって奢ってもらえるし―――なんて、下心は会社の飲み会と同じ。それだけ普通なのよ。
もう一つ誤解を招かない為にも言っておけば、莫迦男とも寝ていない。女はセックスなしで生きていけるのかもね。
土日はなるべく観戦に行きたいんだけど、お天気もあるし、場所も遠ければ行けないし、行ったり行かなかったり、自分の生活もちゃんとやってる。(平日にレイカーズ2軍球場でやっているイースタンの試合を、営業帰りに見ていることは秘密にしておいてね!)
球場に通っているうちに携帯の登録も増えて(だって皆勝手に登録するんだもん!)、オヤジのナンバーも、応援の兄ちゃんのも、前でへばりついてる女の子のまでゲット。「今日は来ないの?」って電話が来れば、そりゃ行くわな。オヤジは皆には正体を明かしていないけれど。
筋の携帯も教えてもらった。オヤジ経由(笑)。
電話したいよ、ファンだもの。でもあたしからは出来ないよね。
しかしそんな憂鬱はどこ吹く風。
「あ、今、千葉マリン。勝ったから、会える? 今からバスで戻るから、7時にレイカーズの球場前のコンビニでどう?」
筋。あんたって慣れてるの? 慣れてないの?
オヤジ、あたしの携帯教えたのね? くぅっ…、…ありがとう!!
通常、選手はバスで移動するらしい。自分達の球場でなくても近くの球場であればそこで食事をしていたのだけれど、遠くで試合をした後はバスで移動して帰ってきた後、会うのが普通になっていた。
勿論、勝った場合だけ。ね。
筋と再会してから1ヶ月がたった。梅雨にも入って、もうすぐ7月だ。あたしは夢中でファンをやっている。人間、打ち込めるものがあるっていいなぁ!!!
実はあたしの家からレイカーズの2軍球場、すなわち会社の最寄り駅までは電車に乗らなければならない。7時か、あ、あれ?
ちょっと家を出るのが遅くなってしまい、筋のほうが先にコンビニに着いていて、よくある芸能雑誌を立ち読みしていた。
あたしは駆け足でコンビニに入った。
「大場さん。」
筋はあたしをみつけて、こっちこっちと手招きする。あたしもハイハイ、って近寄ると、筋は立ち読みしていた雑誌をあたしの前に差し出した。
「似蛭田君。」
えっ? っとその雑誌を手に取れば、
「あっ! じゃ、邪子!」
チャンピオン似蛭田妖、人気翻訳家と夜の英会話教室?
「莫っ迦! ばれてやんの!」
笑いも止まらない。あぁ、邪子、へまをしたもんだねぇ。
「筋、あんたも気をつけないと。」
(あたしと写真なんか撮られたりして、ね―――)
「ははは、僕は2軍だしね、人気のある球団でもないし、全然大丈夫。」
「駄目じゃん!」
2人してゲラゲラ笑う。
本当は、胸の中は、こんな記事なんかじゃなくて、筋と一緒にこのコンビニで笑っている事の方が嬉しくて仕方がない。
2人だけで会うと色々な話をする。どんなTVを見た、とか、この音楽が好きだ、とか、そしてやっぱり野球の事を教えてくれる事が多い。
筋は結構クールで、厳しい事をサラリと第三者の目で分析する事が多い。野球のプレイの事を話すと、(他人のプレイに対して下手な事は言えないだろうから、かなり言葉を選んでいるのは感じられるが)割とボロクソに言う。サラリとしているから嫌味には感じられないし、彼自身もそんなつもりで言っている訳ではないので面白い。
あたしはもっと野球の話や筋の事を聞きたいのだけど、時にはあたしの仕事の事を聞かれる事もある。余りにも優しく聞くから、ついつい愚痴まで聞いてもらう事もしばしば。恥ずかしいの。プロ野球選手って偉大だネ。
時々、ファンの子にサインをしている筋を見かける事がある。女の子であれば当然、鼻の下も伸びてるし。
子供なら、よいしょとしゃがんで目線を同じにして、書いてあげる事も。
筋があたし以外の人とする会話にとても興味がある。これは筋以外の男性の場合でも、あたしが男の人に惹かれるポイントかもしれない。
あたしにはこんな表情をするのにあの女の子にはこんな表情で話している、なんて嫉妬する事もあるし、でもどちらかと言えば男同士で会話をしている時の「いつまでたっても男の子」って表情が大好きだったりする。
基本的に仏頂面のこの御仁が、笑う瞬間と言ったらたまらない。目尻がやんわり下がって口の端がゆがんで、…それからあははと笑う。あたしの前でそんな表情をされると、内心「やったぁ」って思っちゃう。
あぁ、筋、あんたの事が、好きなんだと思うよ。
ファンとして、だけど。
さて。7月に入り、梅雨も明けようとしている頃、公式戦(1軍)は別として、レイカーズの2軍はイースタンで善戦していて、勝つことも当たり前になっていた。
何度も筋と食事をしている。そしてオヤジとも。オヤジと食事しても、まさかフルコースとかじゃないよ。大衆食堂や、飲み屋だって多いんだから。
「筋、お前、どうすんだ? 今年までだろ、寮に残れるのは。」
寮? あぁ…、会社でもあるもんね、大きい会社は。
「そうなんですよね。新しいとこ、探さないと…。」
ふうん、と、あたしは感心した。
「球団が用意するんじゃないんだ。」
あたしの疑問にオヤジが答える。
「そりゃぁね。1人で住める位は給料も払っている筈だよ。」
そりゃぁもう、あたしらの何倍も。
「まぁ…近くにでも考えておきますよ。適当に…。」
「筋。ドームも範疇においておけよ。」
「は。…?」
戸惑う筋。あたしはぼんやりと、オヤジの言っている意味はわかっている。
オヤジは筋を1軍にあげたいんだ。
「オールスターの間にでも考えておくんだな。」
はて、オールスターってなんじゃろう。
「あぁ、う〜ん、オールスターの間は、僕、帰っているんですよね。」
お盆の事かな?
「オールスターって、何?」
ひそっと聞いたつもりだったが、オヤジにまで聞かれていたらしく、
「姉ちゃん、オールスターも知らねぇのかい!」
…悪かったわねーぇ。腹を抱えるオヤジ。くっそー。
筋は笑いながら、教えてくれた。
「パリーグ対セリーグで、対決すんの。」
「筋も出んの?」
「あっはっは、出ない出ない! ファンの投票で出れる人が決まんの。あとは監督推薦、1軍の話ね。」
「なぁんだー。」
隣で莫迦笑いする筋に、オヤジは何か言いた気ではあるが、あたしは見ないフリをした。
「夏休みは取れないからね、毎年、実家に帰っているんだ。腕組の奴等にも会うんだよ。…塊以外はね。」
「雲童は?」
「出るよ、オールスター。きっとね。だから4人で見るんだ。」
「へぇ…。」
筋は雲童の事を誇らしげに語る。
でも、ちょっと待ってよ、あんたもプロ野球の世界にいるのに。
「筋! お前、本当に考えとけ。」
痺れを切らしたかの様に、オヤジは声をかけた。
「あ、アパートの件ですか…。探してみます。」
違う。
酒も入った席だ、ここでくだを巻いても仕方が無い。わかっている。
でも、オヤジの目は…違うよ、筋。
あんた、多分、1軍に凄く近い所にいるんだ。
勿論オヤジの力だけでどうにかなるものじゃないし、あんたにはまだ何か足りない所があるのだろう。でも、あんたが2軍にいるのが勿体無いって事は、ほとんどのファンが思っている事だ。少なくともあたしの周りはあんたを随分買っている人ばかり。
何だか不安になる。筋、わかっているの?
「筋、…酔ってんの?」
「ん? …大丈夫。」
…筋もわかっている様だった。
カウンターをみつめて、筋はグラスの日本酒を飲み干した。
そして1週間ほどして、オールスターがやって来た。
成る程、雲童はファン投票で先発のマウンドに立っている。
筋は実家に帰っているのかな。
あたしは仕事もあるし、会社でプレイボールのコールを聞いて、急いで自分のアパートに帰る。
TVをつけると、ははぁ、そう言えば聞いた事のある名前ばかりだね。
華やかなその舞台で繰り広げられる対決。
筋、いつかあんたも。
…とは思うのだけど、…正直、あたしにはきらびやか過ぎて。
あたしは複雑な思いで、TVを見ていた。
20030601 ナガレバヤシ 真心ブラザーズ , FLY , 夢の日々
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