エアシップ オン ザ スタジアム (1)



 会社の屋上から見える、その野球グラウンドが、どこかのプロ野球チームの2軍のグラウンドだなんて今まで全然知らなかった。

 春から営業に回されて、人と接するのが余り得意じゃない私は病院に行きたくなるくらい胃を痛くしていた。病院へ行かないのはその痛みが終業5時きっかりにぴったりと止むからだ。
 GWが明けて、今日は初めて1人で外回りへ出された。何の用事もない、ただの顔出し。お忙しいですか、お体だけは気をつけて下さいね、何か御用命がございましたら是非とも宜しくお願いいたします。
 胃が痛い。元の事務に戻りたい。
 今日は日差しが強い。3時を過ぎて会社の最寄り駅までたどり着く。外回りも嫌なら会社にも戻りたくない、わがままなのはわかってる。

 ぼちぼちと歩いて会社に戻る。どうにもだるい。涙出そう。
 いつも素通りだった野球のグラウンド。初めてフェンス越しに中をのぞいた。どこかの企業の野球部なんだろうが、周りにはちらほらと女の子がへばりついている。やれやれ、皆、暇だよね。

 その時、カキーンと音がして、私はハッとした。ボールの行方を探す。
 私は見上げた(多分口も開いている)。
 あった、白いボール。
 その後ろには青い空。
 はっきりと、青い空。

 ボコンッ!!

 私の横50cmと言ったところか! 白いボールはもの凄い音をたてて弾み、女の子が群がる。
 危なかった、ああ、危なかったっつの! 心臓ばくばく。おい、ボールに群がってないであたしの心配をしろってんだ莫迦女どもぅ!!!
 すると莫迦女どもが一斉にこっちを向いた。
 あ、いやいや、たいした事じゃないですよ、私。
 と、一瞬でも取り繕おうとした私が莫迦だった。
「きゃーっ!」
 ん? とフェンスに振り向くと、そこにはそのボールを打った張本人が駆け寄って来ていたのだ。

「大丈夫ですか…。あれっ?」
 お前か! と半ば睨みつける私に、その選手は何か言いたげだった。
 …あれ。この顔。

 少しの沈黙の後、2人でハモる。
「名前、なんだっけ。」

 そしてお互いちょっと笑ってしまった。

 後ろでファンの子達が「筋くぅーん」と声を上げた。
「あぁ! 腕組の筋だ、筋力。」
「そうそう。えっと、御女組の…。」
「大場だよ。」
 そうだそうだ、って顔をして、筋は手でごめん、とやった。
「家、近くなの?」
「家じゃなくて、会社がね。」
「そうなんだ。」
 ともすれば昔話でも始めたいのだけど、ファンの女の子達がきゃぁきゃぁとうるさいし、グラウンドからは「筋ぃぃぃ、まだ練習中じゃボケぇー、ナンパしてねぇでさっさと戻らんかー」と笑われている。

「じゃぁ。」
 と筋は手のひらを見せて笑った。
「うん。頑張れよ。」
「ありがとう。」

 筋が後ろを向いて走り出した途端、周りの女の子達から嫉妬のヒソヒソ声が聞こえてくる。


 ちょっといい気分!!!


 足取りも軽くなって、私は会社へ戻る。
 しかし、お互い名物集団だったけど、話した事って無いんじゃないかなぁ。
 色んな事を思い出しながら、会社のドアを開けた。

 白いボールの後ろに見た青い空。
 自分が洗われた気がした。
 女の子達、暇人だなんて思ってごめんね。本当は羨ましいんだ。
 素直に、好きな人を見つめられるあなた達が…。

「ただ今、戻りました。」
「あ、大場君。今夜突然だけど新歓する事になったから。君も異動祝いがまだだったしね。大丈夫だろう?」

 うっ…。忘れてた、私、胃が痛かったんだ。



 終業後も胃の痛みは止まない。帰りたいよう。
「はい、二次会行く人!」
 私は手を挙げていないのにメンバーに入っている。どうして。
 お酒は嫌いじゃないよ、でも今日は帰ってアルバムを見たかったんだ。
 少人数だと帰るに帰れない。近くのスナックへ入った。

 部長のカラオケの途中で、新しいお客さんがお店に入って来た。
 ほとんどの席を私達が占めてたんだけど、数人だからってお店の人はカウンターへ案内している。入ってきたお客、それは…。

「あ。」
 …また2人でハモッてしまった。

「何だよ、筋。知ってる女の子か?」
「ほら、今日…。」
「あぁ、あの場外の時の子かぁ。こっち来て飲もうよ。」
 あれよあれよとカウンターへ連れて行かれた。会社の皆もようやくベロンベロンになっているようで、移動しても所詮店内だし気にもとめていないようだ。

 何から話せばいいのか…。
「野球やってるんだね。」
「うん。キャッチャー。」

 えっと。

「そうか、だからかな、手ぇでかいね。」
「そう?」
 筋は左手を広げて見せて、もう片方の手であたしの右手を掴むと手のひらに合わせた。

 ええっと。

 その手は思った通り、大きくてゴツゴツしている。まさか手を合わせてくるなんて思わなかったから、あたしは反射的に引っ込めようとした。
 だけど、自分より少し高めの体温が手のひらから伝わってきたかと思うと、すぐに筋は滑り込ませる様に指を絡めてきた。

 …ええっと…。

 ニコニコと目を細めて笑いながら、絡ませた指先にぎゅっと力を入れて、離してくれようとしない。

「…酔ってんの?」
「ちょっとね。大場さんは?」

 2人で席を立つのに時間はかからなかった。



 2人して手を繋いだままショボいホテルにしけ込む。
 いいのかな、とは思うけど。まぁ、いいでしょう。

 こいつ、もててんのかな。きゃぁきゃぁ言われていたけれど。

 初めての相手は番組の男だった。お互い何も知らなくて、必死になって探り合った。

 そんな事を思い出す程、何だかこの男も必死なんだよなぁ。
 こんなぎこちないSex…。
 でもまたそれが気持ちいいかも。
 酔ってるせいかもしれないけどね。



20030511 ナガレバヤシ   桜井秀俊 , Airship On The Stadium , INTERIOR


後書きを読んでくれたり
メールでもくれてやろうかと思っている人
そんな人が大好きだ!